そういえばSteve

2011.10.8 17:34 @ Apple Store Ginza


今日の授業の最初で、はなはだ僭越ながら、Steveの話をした。

「この中でスティーブ・ジョブスの名前を聞いたことがある人、手をあげてください...あ、これくらいですね。その中で、スティーブ・ジョブスがどんな人かご存知の方、手を上げてください...ありがとうございます。
 今日の授業に入る前に、みなさんのお時間をいただいて、前期の授業で広告を観ていただいたアップル社の創業者の一人であり、最近までアップル社を率いていたスティーブ・ジョブスの話をさせてください。
 スティーブ・ジョブスは、今週の水曜日に、56歳で亡くなりました。普通の人の何倍もの、とても濃い人生だったので、私は「若くして亡くなった」とは感じないのですが、とはいえ、この先、もっとステーブがやることを見たかったという意味では、「早すぎる死」と言えるでしょう。

スティーブ・ジョブスの人生は波乱に満ちたものでした。
彼は、決して一流ではない、お金持ちのお坊ちゃんが通う私立大学に入学し、養子だったのですが彼の養父母が苦労して学費を出してくれていることが負担になりその大学を退学し、今で言うフリーターをやりながら、自分の興味がある授業に潜り込むという生活をしていました。その中で彼が出会ったのが「カリグラフィ」でした。
(ここでPagesで講義をしている大学名の略称をヒラギノ明朝Pro144ポイントで表示して)大学の名前を伝えるためだけならば、文字が判別できればいい。けれども、(フォントをいくつか変えて)文字のフォントによって、文字が、意味を伝える外の機能ー美的な感覚を刺激する力を持つ...これが「カリグラフィ」の世界です。
その後、スティーブ・ジョブスは、仲間とパーソナル・コンピュータの会社を創ります。世界中のハイテクのオタクが集まるシリコンバレーで、ガレージの一角で創ったような小さな会社で、自分たちが趣味の延長で組み立てたパソコンを売っている...そんな会社でしたが、それが後の、世界のパソコン業界、家電業界、そして携帯電話業界をリードすることになったアップル社となるわけです。
そのアップル社が世の中に注目されるきっかけとなった商品が、マッキントッシュでした。マッキントッシュ発売時の広告、前期にも見ていただきましたが、ご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=HhsWzJo2sN4

この、パソコンの販売促進を目的としたものにしてはいささか大仰な内容の広告ですが 、この中に、ジョブスがその後ずっと追い求めてきたことが、明快に語られています。
"Let's show why 1984 won't be like 1984."というヴィジョン...ジョージ・オーウェルというSF作家が描いた「管理が進み、人々の個性が奪われた社会」ではなく、「個性的な表現が多様な表現をし、多様な価値を生み出す社会」を、ジョブスはずっと追い求めてきたのです。
コンピュータには、ともすれば、個々の人々の個性、多様な表現、多様な価値をすべて均質な「数字」に置き換えて取引できる商品にしてしまうこの社会の、「数字」を計算する機械という側面があります。
しかしながら、その一方で、それを使うことで、個々の人々が、均質な「数字」の取引の世界の中で「管理される人」になることから飛び出して、美しいものを享受したり、表現をしたり、価値を生み出したりすることができるようになる「個々の人々に力を与える機械」としてのコンピュータ...これが、おそらくジョブスが思い描いていたヴィジョンでしょう。
だからこそ、マッキントッシュは、ジョブスがかつて学んだ「カリグラフィ」の世界...文字が、無機質に情報を伝えるだけでなく、多様な表現をする、「タイポグラフィ」の機能を持ったわけです。
アップル社のパソコン事業から、携帯音楽プレイヤー事業、そして携帯電話事業へのシフトについて、世の中は意外な展開として驚いてきましたが、ジョブスにとっては、この「個々の人々に力を与える機械」というヴィジョンにおいて、実は、一貫していたのではないでしょうか。

そんなジョブスも、あまりの完璧主義で、だんだん同僚から嫌われるようになります。「空気を読まない人」というやつですね。スケジュールの締切が近づき、「そろそろ、このあたりにしておこうよ」というタイミングになっても、「こんなものじゃだめだ」と言って、ひたすら「あるべき姿」を追求している...そんな仕事ぶりから、最後には、自らが創業者の一人であったアップル社を追われてしまいます。しかしながら、その後、別のコンピュータの会社やCGの会社の経営者を経て、ジョブスはアップルに再び招かれます。
 その頃のアップル社の広告が、やはり前期にも見ていただきましたが、"Think Different"です。

http://www.youtube.com/watch?v=nytz2zfJL3I

この、やはり、パソコンの販売促進を目的としたものとはとても思えない広告...これが、スティーブがアップル社でやろうとしたこと、アップル社の製品を通じてもたらそうとした世界です。まったりとした人々が、型にはまって、空気を読んで、そこそこの仕事をこなして過ごす人々の社会ではなく、個性的な人々が、常識にとらわれず、摩擦を恐れず、突き抜けた仕事をする...そのことで、その仕事のお客さんたちが驚き、わくわくし、そして幸せになる...そんな社会を創ろうとしていたのでしょう。そして、そんな社会の実現を促すための製品を創ろうとしていたのでしょう。
 そんな製品の成功例の一つが、みなさんおなじみのiPodです。

http://www.youtube.com/watch?v=nljs4kzpebU

かつてのイギリスのチャーチル首相が「最低のシステムだが、これまで実験されたシステムの中では最もましなもの」と評した資本主義をベースとした今日の社会システム...このシステムは、不完全で課題だらけであることは、今日の数多くの社会問題に現われている通りです。
しかしながら、その一方で、今日の社会システムの中だからこそ、ジョブスのような、強いヴィジョンがあり、それを実現させるための強い意志と才能がある人が、規制に縛られず、資金を調達し、世界各国に自社製品の販売網を広げることで、ここまで大きなことを成し遂げられたのだと思います。

スティーブ・ジョブススタンフォード大学の卒業式の時のスピーチ、これは、ネット上で「スティーブ・ジョブス」と「スタンフォード大学」の検索を入れれば動画が見られるかと存じます...と、スティーブ・ジョブスの伝記的な本を、機会があれば見てみて、読んでみてください。
私たちの社会の中で、私たちの社会をよりよくするために、私たちができることはたくさんあり、そのヒントが、ステーブ・ジョブスの生き方にあると思います。

長くなりました。それでは、本日の授業に入ります。」

何の準備もしていなかったのだが、当初は、Appleの広告を見てもらって最近のニュースをremindするくらいのつもりだったが、気がついたら上記のようなことを話していた。

これまであまり自覚していなかったが、Steveは、実は、私にとって大きな存在だったようだ。